議論に勝って政治に負ける

非対称戦について、その続きです。
南京事件否定論は論理的に破綻しているし、史料的根拠にも欠いています。それがけたたましく嘘をがなりたてているのだから、本当に下品だし目障りです。だからといって、その非論理性や無根拠を批判し、論破しても、まったく意味がない。なぜなら、彼らは史実の検証ではなく、善意の第三者に対して史実とされる記述が疑わしいのではないかという印象を振りまくのを真の目的としているからです。

米軍は圧倒的軍事力でもってイラクを占領しましたが、反米勢力はテロ、ゲリラ戦に持ち込んで、米軍の手から政治的勝利を奪い取りました。米軍の軍事力はこれに対してほとんど無力です。米軍は物理的打撃をイラク軍に与えましたが、反米勢力は心理的打撃を米国世論に与えました。

歴史家は正論でもって南京事件否定論を論破しましたが、否定論者はデマ、プロパガンダを振りまいて、歴史家の手から政治的勝利を奪い取りました。歴史家の正論はこれに対してほとんど無力です。歴史家は論理的打撃を否定論者に与えましたが、否定論者は心理的打撃を善意の第三者に与えました。

否定論者は本当に賢明です。一体なにをもって勝利とすべきなのか、それをよく理解しています。張りぼての戦車部隊を前面に押し立てつつ、機動性の高い奇襲部隊で敵国の首都を陥れるべく、両面作戦を計画しています。我が軍はこの戦いに二つの戦場があることにさえ気付いていません。

彼らの見せかけの論理性は単なる囮部隊に過ぎません。我が軍が囮部隊に気を取られているすきに、敵は本戦においてすでに勝利しています。我が軍が堂々たる大軍でもって敵の囮部隊を包囲殲滅し、勝った勝ったと酒盛りをしているまさにそのとき、敵は戦利品をごっそり持ち帰っているのです。戦利品とはすなわち善意の第三者に史実への懐疑的印象を抱かせることです。

我が軍は王師官軍として王道を行くべきであって、彼らのように卑しい詐術に手を染めるわけにはいきません。しかし、王道を守りつつも詐術に備えることはできるはずです。

補足

彼らがたった一言のでたらめを発するだけで、数百人、数千人オーダーの人々がなにがしかの衝撃的な印象を抱き、そのでたらめに丸め込まれてしまう(馬鹿煽動力が高いとはそういう意味です)。これに対して誠実かつ慎重な姿勢でもって、千言万語を費やして精密な議論を展開したとしても、それに耳を傾けて納得してくれる人はせいぜい数人オーダーでしかないでしょう。しかも、そこまで聞いてくれる人ならば、おそらく否定論者のでたらめに最初から耳を貸さなかった人でしょうから、そういう人でない、あのインパクトに呑み込まれてしまった「浮動票」を取り戻すことはほとんどできないと思うんですよ。たとい彼らに論理的な数の説明を受け入れさせたとしても、その心象風景からはあの衝撃的な印象そのものを取り去ることはできないわけです。

彼らは少ないコストで多くのリターンを得る。われわれは多くのコストで少ないリターンを得る。

米軍は圧倒的軍事力でもってイラクを占領しましたが、反米勢力はテロ、ゲリラ戦に持ち込んで、米軍の手から政治的勝利を奪い取りました。米軍の軍事力はこれに対してほとんど無力です。米軍は物理的打撃をイラク軍に与えましたが、反米勢力は心理的打撃を米国世論に与えました。

歴史家は正論でもって南京事件否定論を論破しましたが、否定論者はデマ、プロパガンダを振りまいて、歴史家の手から政治的勝利を奪い取りました。歴史家の正論はこれに対してほとんど無力です。歴史家は論理的打撃を否定論者に与えましたが、否定論者は心理的打撃を善意の第三者に与えました。

米軍による物理的打撃は国内世論への心理的被害を回復できない。歴史家による論理的打撃は善意の第三者への心理的被害を回復できない。