光武帝紀4 「更始帝」

後漢紀』抄訳の第四回目。甄阜・梁丘賜を倒して快進撃を続ける劉秀軍。各地の武装勢力も合流してきたので、そろそろきちんとリーダーを決めておきたいところ。劉秀のもとにも綺羅、星のごとく優秀な部下が集まってきます。
翌年正月、甄阜*1・梁丘賜*2をはじめ敵兵一万人あまりを斬った。厳尤*3・陳茂*4は二人が死んだと聞いて、宛城*5に立て籠もろうと走りはじめた。そこで劉縯*6は軍需物資を自焼して身軽になり、育陽*7で陳茂らと戦ってさんざんに打ち破り、敵兵二千人あまりを討ち取った。厳尤・陳茂は汝南*8へと逃走したが、漢軍はそのまま宛城を包囲した。

劉縯は柱天将軍*9、劉玄*10は更始将軍*11を自称した。王莽*12は彼らが憎らしく、劉縯を五万戸と黄金十万斤の賞金首とした。そして長安*13の官僚、各地の郷三老*14、亭長*15らに命じて劉縯の肖像画を描かせ、毎朝、それを弓で射るよう命じた。

さて、甄阜・梁丘賜が死んで以来、降服してきた者は十万人を上回り、漢軍は統率が取れなくなってきていた。そこで諸将は君主を立てようと考えた。王常*16南陽*17の豪傑たちは劉縯を慕っていたが、漢軍の主力である新市兵*18・平林兵*19らは盗賊上がりだったので勝手気ままで国家の大計などなく、みな劉縯を恐れて劉玄と結託した。

二月辛巳、朱鮪*20らは淯水*21のほとりに祭壇を作り、劉玄を皇帝に立てるべしと諸将に提案した。劉縯は言った。「みなさんはやたらと皇室をありがたがっておられるが、てんで意味のない話ですよ。それがし愚考するに、赤眉*22軍は青州*23・徐州*24で数十万人の仲間を集めており、なかには皇族もおられるはず。もし我らが皇帝を立てれば、彼らと同士討ちをすることになりましょう。王莽はまだ滅ぼされていないというのに、皇族同士で潰しあう手はない。更始将軍のために考慮いたしまするに、まずは王位に就かれるのがよろしい。それなら諸将を統率するのに権威は充分ですし、もし赤眉軍の君主が賢明なら服従し、そうでなければ王莽を滅ぼしたあと呑み込んでやればよろしい。帝位に就くのはそれからでも遅くはありませんよ。」すると諸将は「そうだな、まずは更始王となっていただこう」と賛成したが、将軍の張斤*25が剣を抜いて地面に打ちつけ、「ぐずぐずしてると成功できないぞ。今日の会議、結論は一つだけだ!」と言った。

こうして劉玄が帝位に就くことになった。劉玄は昔から軟弱なたちで、だらだらと汗を流して一言も発することができなかった。序列によって諸将を任命し、劉良*26を国三老*27、王匡*28を定国上公*29、王鳳*30を成国上公*31、朱鮪を大司馬*32、劉縯を大司徒*33、陳牧*34を大司空*35、劉秀を太常卿*36とし、その他の人々も大臣や将軍となった。年号を改めて更始*37元年とした。

それ以来、豪傑たちはがっかりし、魯陽*38を攻撃中だった劉稷*39は「もともと王莽を討伐して漢王朝を復興しようと計画したのは劉縯兄弟だった。劉玄ごときが何をしたというのだ!」と腹を立て、宛城への出頭を拒否した。更始帝や大臣たちは不機嫌になった。劉秀はそれを心配して「どうも不穏な成りゆきですな」と劉縯に告げると、劉縯は「まあ、いつもこんな調子なのさ」と笑いながら言った。李軼*40はもともと劉秀と親しくしていたが、このころ新興勢力に迎合して劉秀らと距離を置くようになっていた。そこで劉秀は「あの人物は信用なりませんぞ」と告げたが、劉縯はやはり聞き入れなかった。

新野*41城は平林兵が包囲しても降服せず、新野の宰*42の潘臨*43が「劉縯どのが仲介してくれるなら降服する」と申し入れてきたので、劉縯はそれを請け負った。劉縯の威信名声が日に日に高まる一方、更始帝の周辺は不安を募らせていった。あるとき更始帝が七尺の宝剣を劉縯に与えようとしたとき、申屠建*44がすかさず玉玦*45を献上した。のちに樊宏*46が「むかし鴻門*47の会では、范増*48が玉玦を振りあげ、項羽*49に高祖*50を殺させようとしました。申屠建は良からぬことを企てていたのでは?」と告げたが、劉縯は聞き入れなかった。劉秀が潁川*51攻略に出発するときにも、警戒するようにと劉縯をくどくどと説得した。

三月、劉秀は諸将を率いて潁川を攻略した。父城*52の馮異*53、内郷*54の銚期*55、潁陽*56の王霸*57、襄城*58の傅俊*59、棘陽*60の馬成*61らはみな劉秀に服従した。

馮異は字*62を公孫*63といい、『左氏春秋』*64に精通し、『孫子の兵法』を愛読した。郡の功曹*65となって五つの県を監督し、そのとき父城の令*66の苗萌*67とともに守りを固めていた。馮異は属県へと向かう途中、漢軍に捕まったが、「年老いた母が城内におるのです。それに一人の男を捕まえたところで何の得にもなりますまい。五つの城を守りきることでお報いしたく存じまする」と述べたので、劉秀は感銘した。馮異が城内に戻って「劉将軍はただ者ではない。命を捧げても惜しくないお方だ」と告げると、苗萌は「あなたのお考えに従いましょう」と答えた。

銚期は字を次況*68といい、身長は八尺二寸、ひときわ勇壮な容姿の持ち主であった。父が亡くなったとき、三年の喪に服し、郷里の人々は立派なやつだと彼を評価した。劉秀は彼の勇気と節義とを噂に聞き、招きよせて掾*69に任じた。

王霸は字を元伯*70といい、代々、牢屋の看守をするような(身分の低い)家柄であった。王霸もまた牢屋の役人であったが、机仕事を嫌がり、高い理想をいだく憂国志士であった。父は大したやつだと思い、学問をやらせようと彼を長安へ行かせた。数年後、王霸が帰郷したとき、ちょうど劉秀が潁陽まで来ていたので、「将軍が義勇兵を起こして謀叛人を征伐されるとお聞きし、自分の力量もわきまえず、ご威光をお慕いし、兵士にでも取り立ててくださればと思い、参上いたしました」と陳情すると、劉秀は「いま天下は混乱して兵隊どもが割拠している。人物を手に入れた者が繁栄し、人物を失った者が滅亡するのだ。賢者とともに事業を成功させたいと夢に見るくらいなのに、どうして差別などいたそうか!」と答えた。父は王霸に告げた。「わしはもう年を食ってしまって軍隊生活ができない。お前が行ってがんばってくるんだぞ。」

傅俊は字を子衛*71といい、馬成は字を君遷*72といい、二人とも県役人や亭長(といった低い身分)ながら、劉秀に従軍することになった。

*1:けんふ。王莽の将。以下同。

*2:りょうきゅうし。

*3:げんゆう。

*4:ちんぼう。

*5:えんじょう。宛県。

*6:りゅうえん。字は伯升(はくしょう)。劉秀の兄。原文では「伯升」と呼び、実名を書かない。

*7:いくよう。県名。「淯陽」とも書く。

*8:じょなん。郡名。南陽の東にある。

*9:ちゅうてんしょうぐん。「天を支える」の意。

*10:りゅうげん。字は聖公(せいこう)。原文では「聖公」「更始」と呼び、実名を書かない。

*11:こうししょうぐん。「(漢王朝を)ふたたび始める」の意。

*12:おうもう。新王朝の皇帝。前漢を滅ぼした。

*13:ちょうあん。当時は「常安」(じょうあん)と呼ばれていた。王莽が都とした地。

*14:きょうさんろう。官名。郷の長老。郷は県に属する行政単位。

*15:ていちょう。官名。亭の管理者。亭は郷に属する行政単位。

*16:おうじょう。義勇軍に合流した山賊の頭目の一人。

*17:なんよう。郡名。劉秀らの出身地。

*18:しんしへい。義勇軍に合流した山賊の一派。

*19:へいりんへい。同上。

*20:しゅい。劉玄の部下。

*21:いくすい。河川名。

*22:せきび。山東半島の盗賊集団。眉を赤く塗ったことからその名で呼ばれる。

*23:せいしゅう。州名。山東半島あたり。

*24:じょしゅう。州名。青州の南。

*25:ちょうきん。『後漢書』では「張卬」(ちょうぎょう)。

*26:りゅうりょう。

*27:こくさんろう。官名。名誉大大臣。

*28:おうきょう。王莽の大臣とは別人。

*29:ていこくじょうこう。官名。名誉大大臣。

*30:おうほう。

*31:せいこくじょうこう。官名。名誉大大臣。

*32:だいしば。官名。三公の一つ。軍事担当の大大臣。

*33:だいしと。官名。三公の一つ。民政担当の大大臣。

*34:ちんぼく。

*35:だいしくう。官名。三公の一つ。財政担当の大大臣。

*36:たいじょうけい。官名。九卿の一つ。祭祀儀礼を担当する大臣。

*37:こうし。元年は西暦23年。

*38:ろよう。県名。

*39:りゅうしょく。

*40:りいつ。

*41:しんや。県名。

*42:さい。新の官名。県の長官。漢の令・長にあたる。

*43:はんりん。

*44:しんとけん。

*45:ぎょっけつ。一部を欠いた輪の形をした玉器。玦は「決」と同音で、申屠建がこれを献上したのは「(劉縯殺害を)決行せよ」の意。

*46:はんこう。

*47:こうもん。

*48:はんぞう。項羽の臣。

*49:こうう。西楚の霸王と号したが劉邦に敗れる。

*50:こうそ。劉邦のこと。前漢創始者

*51:えいせん。郡名。南陽の東北にある。

*52:ほじょう。潁川の県名。以下同。

*53:ふうい。

*54:ないきょう。

*55:ちょうき。

*56:えいよう。

*57:おうは。

*58:じょうじょう。

*59:ふしゅん。

*60:きょくよう。

*61:ばせい。

*62:あざな。通称。実名を呼ばないのが礼儀とされた。

*63:こうそん。

*64:さししゅんじゅう。歴史書

*65:こうそう。官名。人事担当の重役。

*66:れい。官名。県の長官。世帯数一万以上の県に令、一万未満の県に長を置いた。

*67:びょうぼう。

*68:じきょう。

*69:えん。官名。副官。

*70:げんぱく。

*71:しえい。

*72:くんせん。