「知」といふこと

【山際のページ】「知」といふこと
 『関羽伝』(新潮選書)なる書物がある。著者は新聞畑の人で、現在は某大學の敎官。中國に關する本をいくつか出してゐる。
(略)
 『三國演義』第八回、貂蟬が初めて登場する箇所には、「年方二八」(年齡はちやうど二八)と書かれている。その後まもなく、董卓が貂蟬を見そめる場面にも、「青春幾何」「賤妾年方二八」(「年はいくつかな」「わたくしめ、ちやうど二八でございます」)といふ會話がある。この先生、これを見て、貂蟬の年齡を二十八歲だと思つたわけだ。
 念のため、正解を先に申しておきますと、「二八」といふのは二かける八、つまり十六歳のこと。必ずしもぴつたり生後十六年、といふ意味ではなく、女性の妙齡を指す言葉です。決して二十八ぢやない。
(略)
 現代の日本人は、漢數字も算用數字と同樣に扱ふことに慣れてしまつて、十や百といつた桁を表す文字を省いて表記することが多い。ひどいのになると、國語の教科書で、古典を扱つてゐるといふのに、「伊勢物語第二三段」などと表記してゐるものすらある。本來、漢數字は位取りを省いてしまつては意味をなさないもので、中國の本を見ると、手間を惜しまずに「一千九百九十九」などと書かれてゐる。それが當然なのである。
(略)
 この著者とは限らない。また、本の出版とも限らない。新聞への投書、ウエブサイトの記載、BBSへの發言……。「知」といふことをなめた、あまりにも粗雜な言葉の氾濫に、日本の敎育に從事する者として、いささか暗然たる氣持ちにならざるを得ないのである。

んー。そうなのかな。*1

中華書局が出版している盧弼『三国志集解』には、たびたびこのような書き方を見かけるけど*2

程暁伝
御覧二百四一
倉慈伝
御覧八百二四
同上
書鈔七五
趙娥伝
御覧四百三九

わたしには「十」を省略しているように見える。たまたま活字が脱落しただけなのだろうか?それとも盧弼は近人だから慣れて知をなめてるんだとか?

*1:どうでもいいけど何でわざわざ旧字旧仮名で書いてんの?敎官は「メ」なのに教科書が「土」なのも謎だし、手間は「日」だし。訳が分からん。

*2:こういうときのために電子化しとくといいですよ!