田疇

王子年『拾遺記』から。

(原文)田疇,北平人也。劉虞為公孫瓚所害,疇追慕無已,往虞墓設雞酒之禮,慟哭之音,動於林野,翔鳥為之淒鳴,走獸為之吟伏。疇臥於草間,忽有人通云:“劉幽州來,欲與田子泰言平生之事。”疇神悟遠識,知是劉虞之魂。既近而拜,疇泣不自支,因相與進雞酒。疇醉,虞曰:“公孫瓚求子甚急,宜竄伏以避害!”疇拜曰:“聞君臣之義,生則盡禮,今見君之靈,願得同歸九地,死且不朽,安可逃乎!”虞曰:“子萬古之貞士也,深慎爾儀!”奄然不見,疇亦醉醒。

(訳文)田疇は北平の人である。(主君の)劉虞が公孫瓚に殺害されたので、田疇はいつまでも懐かしい思い出にふけりつづけた。劉虞の墓参りをして鶏肉と酒をささげ、慟哭するその声で木々を振るわせたので、飛ぶ鳥はけたたましく悲鳴をあげ、走る獣は身を伏せてうなり声をあげるほどだった。

田疇が(泣き疲れて)草むらで倒れていると、どこからか、人間が現れて「劉幽州さまがお越しになり、田子泰どのと昔話を望んでおられます」と言った。田疇がはっとして遠くを見れば、まさしく劉虞の霊魂であるのが分かった。劉虞が目前まで来ると、田疇は拝礼をささげたが、号泣のあまり立つこともできなかった。

それから、おたがいに鶏肉や酒を勧めあい、田疇もすっかり酔っぱらった。そのとき劉虞が言った。「公孫瓚があなたの行方を全力で調べている。どこぞに隠れて危険を避けなさい!」田疇は拝礼をささげつつ言った。「君臣の義たるもの、生きているときは礼儀を尽くすものと聞いております。いまご主君の霊魂にお会いしたからには、ともに地底(黄泉)へ参りたいとさえ願っておるのです。それでこそ死んでもなお不朽でいられるというもの、どうして逃げることなどできましょうか!」

劉虞は「あなたは万古永久の貞節の士だ。その気持ちをくれぐれも忘れぬようになさい!」と言うなり、あっという間に消えてしまい、田疇もはっと酔いからさめたのであった。