光武帝紀11 「更始帝 政を失す」

後漢紀』抄訳の第十一回目。劉秀が河北で順調に勢力を伸ばす一方、更始帝長安で急速に威信を失っていきます。そこはやはり飾り物の皇帝、部下の統制に苦しんでいました。


更始帝*1の将軍や宰相はもともと山東*2の出身なので、みな洛陽*3を首都にしようと主張した。しかし丞相*4長史*5の鄭興*6は反対し、こう述べた。「長安*7の有力者たちが王莽*8を殺して城門を開き、陛下をお迎えしたのは何故でしょうか?王氏に苦しめられ、漢王朝を懐かしんだからです。まだ彼らの慰労は足りておりませんから、(首都を移すことによって)百姓たちが動揺して盗賊がふたたび蜂起するのが心配です。赤眉*9を平定してから関中*10入りすればよいと主張する者もおりますが、それは末節にこだわって根本を忘れた意見でしょう。」更始帝は「朕は西方へ行くと決意したぞ」と言い、鄭興を梁州*11刺史*12に任命した。

二月、更始帝長安に到着した。王莽が滅亡して以来、宮殿は燃え尽きており、東宮*13の方だけが無事だったので、更始帝東宮を御所とした。役人たちが序列に従って並んだが、更始帝は照れくさくて直視できなかった。諸将が続々到着してきたが、更始帝は彼らをねぎらうつもりで「略奪品はどのくらいになった?」と尋ねたので、側近たちはたいそう腰を抜かした。

李松*14・趙萌*15は功臣たちを国王に取りたてて功労に報いるべきだと主張した。朱鮪*16が「劉氏でなければ国王に取りたててはならない、それが高祖*17のお約束です」と反対したので、ひとまず皇族から劉祉*18を定陶王*19、劉賜*20を宛王*21、劉慶*22を燕王*23、劉歙*24を元氏王*25、劉嘉*26を漢中王*27に取りたてることにした。しかし結局、のちに王匡*28を比陽王*29、王鳳*30を宜城王*31、朱鮪を膠東王*32、張卬*33を淮陽王*34、王常*35を訒王*36、廖湛*37を殷王*38、申屠建*39平氏*40、胡殷*41を隨王*42、李通*43を西平王*44、李軼*45を武陰王*46、成丹*47を襄邑王*48、陳牧*49を陰平王*50、宋佻*51を潁陰王*52に取りたててしまった。

李松は丞相となり、趙萌は大司馬*53となり、隗囂*54御史大夫*55に任命された。

さらに張歩*56を輔漢大将軍*57に任命し、その弟・張弘*58を衛将軍*59、張藍*60を玄武将軍*61、張寿*62を高密*63太守*64に任命した。張歩はそこで手分けして各地を攻略し、琅邪*65・泰山*66城陽*67・東萊*68・高密・膠東*69・北海*70・斉郡*71・済南*72をすっかり手中に収めてしまう。

董憲*73は臨淮*74太守に取りたてられ、東海*75に帰国して利城*76を攻め、耿況*77も曲陽*78を攻め、それぞれその地を陥落させた。劉芳*79は騎都尉*80に取りたてられ、安定*81以西の鎮定を命じられた。

更始帝は趙萌の娘を夫人として寵愛し、政治はすっかり趙萌の手に委ねられた。更始帝は毎日のように後宮*82へ入りびたって婦人たちと酒を呑み、諸将らが報告のために参内しても、更始帝はすっかり酔っぱらい謁見することができなかった。何度も催促されて仕方なく、帷幄*83の奥から侍中*84に受け答えさせた。諸将らはそれが更始帝の声ではないのに気づき、みな「天下がどうなるのか分からないというのに、拝謁することさえままならぬとは!」と腹を立てた。

とりわけ大酒呑みなのは韓夫人*85で、手酌しながら常侍*86たちに向かって「陛下が私と一緒に呑もうとしたときにかぎって、事件が持ちこまれるのよ」と言い、立ち上がって(常侍が持ってきた)書面をびりびりに破いてしまった。

議郎*87のなかに「趙萌どのが勝手気ままに振るまい、官僚人事も趙氏の屋敷内で決められております」と言う者があったが、更始帝は腹を立てて、剣を抜いてその議郎を斬ってすてた。そのとき御史大夫としてお側にいた隗囂が立ち上がり、側近たちに「禁中のことを漏らしてはならぬぞ」と言いふくめた。

あるとき趙萌は私的な怨みのために侍中を引きずりおろして斬り殺そうとした。侍中が「陛下、お助けくだされ」と叫ぶので、更始帝が「大司馬よ、情けをかけてやってくれ」と言ったが、趙萌は「私はご詔勅をお受けいたしません」と答え、そのまま殺してしまった。こうしたことは一度や二度ではなかったのである。

李軼らは勝手に命令書を出して牧*88や太守を任命し、州郡では彼らが入り乱れ、だれが本当の主君なのか分からなかったため、力の強い者が上位に立った。王匡・張卬といった連中は長安で乱暴を働き、三輔*89の人々は彼らに苦しめられた。また役人に取りたてられる者の多くはつまらぬ人間で、そのため長安では「竈*90の前で煮炊きすれば中郎将*91、羊の胃を焼けば騎都尉になれる」と語られた。

このようにして信頼を落とし、豪傑たちの心を失ってきた。博士*92李淑*93はそれを批判し、「陛下が下江兵*94・平林兵*95の力を借りて事業を起こしたのは臨時措置であり、混乱が収まれば俊英を招いて王国を補佐させるべきです。いま大臣高官を兵卒から選んでおり、凡庸な輩が補佐の任にあたっておりますが、天下の人々はそれを見て漢王朝の復活はまだまだ先だと思っております」と述べた。更始帝は腹を立てて李淑を逮捕し、何年ものあいだ牢屋に閉じこめ、李淑は更始帝が失脚するまで解放されなかった。

もともと、お召しを受けて隗囂が出かけようとしたとき、方望*96は「更始帝はまだ足元がしっかりしておりませんから、人々の帰趨を見てから判断すべきです」と反対していた。しかし隗囂は聞き入れなかった。方望は手紙を書いて「私は異国の人間に過ぎませんが、将軍の英知のおかげで少しばかりの功績を立てることができました。長いあいだ軍隊にいて賓客たちの上位に座っておりましたことは、まことに恥ずかしいことです」と述べ、辞意を表明し、隗囂の慰留を振り払って立ち去った。

隗囂は長安に到着すると、更始帝より右将軍*97に任命され、叔父の隗崔*98は白虎将軍*99、隗義*100は左将軍*101に任命された。しばらくして隗崔・隗義は帰国して叛乱を起こそうと計画したため、隗囂は自分の身に処罰が及ぶことを恐れ、拝謁して彼らの計画を密告した。そのため二人は処刑されたが、更始帝は隗囂が忠臣であると思い、御史大夫に任命したのである。

方望は隗囂のもとを去ったあと、安陵*102の弓林*103を説得した。「更始帝は失敗し、本当に天命を授かった人物が劉氏のなかから現れるはずです。劉嬰*104さまは孝平帝*105の跡継ぎであらせられ、いま安定王*106として民間におわします。このお方こそが、天命を授かったお方です。」弓林はその言葉を信じて長安で劉嬰を探しだし、臨芤*107に連れかえって仲間数千人を集めた。そこで劉嬰は皇帝、方望は丞相、弓林は大司馬と自称したが、更始帝の派遣した李松・蘇茂*108らの攻撃を受け、すべて斬首された。

*1:こうしてい。劉玄(りゅうげん)のこと。

*2:さんとう。嵩山の東。

*3:らくよう。県名。

*4:じょうしょう。官名。宰相。

*5:ちょうし。官名。事務次官

*6:ていこう。

*7:ちょうあん。県名。王莽が都とした地。

*8:おうもう。新王朝の皇帝。前漢を滅ぼした。

*9:せきび。山東半島の盗賊集団。眉を赤く塗ったことからその名で呼ばれる。

*10:かんちゅう。函谷関の内側、長安の一帯。

*11:りょうしゅう。州名。

*12:しし。官名。州の監察官。

*13:とうぐう。皇太子の宮殿。

*14:りしょう。更始帝重臣

*15:ちょうほう。更始帝重臣

*16:しゅい。更始帝重臣

*17:こうそ。劉邦(りゅうほう)のこと。前漢創始者

*18:りゅうし。

*19:ていとうおう。定陶を領地とする国王。以下同。

*20:りゅうし。

*21:えんおう。

*22:りゅうけい。

*23:えんおう。

*24:りゅうきゅう。

*25:げんしおう。

*26:りゅうか。

*27:かんちゅうおう。

*28:おうきょう。

*29:ひようおう。

*30:おうほう。

*31:ぎじょうおう。

*32:こうとうおう。

*33:ちょうぎょう。

*34:わいようおう。

*35:おうじょう。

*36:とうおう

*37:りょうたん。

*38:いんおう。

*39:しんとけん。

*40:へいしおう。

*41:こいん。

*42:ずいおう。

*43:りとう。

*44:せいへいおう。

*45:りいつ。

*46:ぶいんおう。

*47:せいたん。

*48:じょうゆうおう。

*49:ちんぼく。

*50:いんぺいおう。

*51:そうちょう。

*52:えいいんおう。

*53:だいしば。官名。三公の一つ。軍事担当の大大臣。

*54:かいごう。

*55:ぎょしたいふ。官名。三公の一つ。検察担当の大大臣。

*56:ちょうほ。

*57:ほかんだいしょうぐん。官名。

*58:ちょうこう。

*59:えいしょうぐん。官名。

*60:ちょうらん。

*61:げんぶしょうぐん。官名。玄武は北方を守る神獣。

*62:ちょうじゅ。

*63:こうみつ。郡名。

*64:たいしゅ。官名。郡の長官。

*65:ろうや。郡名。以下同。

*66:たいざん。

*67:じょうよう。

*68:とうらい。

*69:こうとう。

*70:ほっかい。

*71:せいぐん。

*72:せいなん。

*73:とうけん。

*74:りんわい。郡名。

*75:とうかい。郡名。

*76:りじょう。郡名。

*77:こうきょう。

*78:きょくよう。県名。

*79:りゅうほう。

*80:きとい。官名。騎兵隊長。

*81:あんてい。郡名。

*82:こうきゅう。大奥。

*83:いあく、とばり。

*84:じちゅう。官名。相談役。

*85:かんふじん。韓が姓。「夫人」は配偶者としての地位を表す。

*86:じょうじ。官名。後宮に出入りする権限を持つ。

*87:ぎろう。官名。議員。

*88:ぼく。官名。州の長官。

*89:さんぽ。首都長安とその周辺。

*90:かまど。

*91:ちゅうろうしょう。官名。将校。

*92:はくし。官名。

*93:りしゅく。

*94:かこうへい。義勇軍に合流した山賊の一味。

*95:へいりんへい。同上。

*96:ほうぼう。

*97:うしょうぐん。官名。

*98:かいさい。

*99:びゃっこしょうぐん。白虎は西方を守る神獣。

*100:かいぎ。

*101:さしょうぐん。

*102:あんりょう。県名。

*103:きゅうりん。

*104:りゅうえい。

*105:こうへいてい。劉衎(りゅうかん)のこと。

*106:あんていおう。

*107:りんけい。県名。

*108:そぼう。