光武帝紀6 「兄の死」
『後漢紀』抄訳の第六回目。兄・劉縯がとうとう殺されてしまいます。劉秀はたった一言の恨み言もせず、しかし心に復讐を誓いつつ、更始帝配下の有力武将として各地を転戦します。そして王莽はついに滅亡へ。
さて、このとき劉稷*1が宛城*2に出頭すると、李軼*3らが彼のことを讒言したので、更始帝*4は兵士たちをずらりと揃えて劉稷を逮捕した。劉縯*5は断固としてそれに反対したため、結局、劉稷もろとも処刑されてしまった。その後任として光禄勲*6劉賜*7が大司徒*8になった。
そのとき劉秀は父城*9にいたが、すぐさま宛城に駆けつけて謝罪し、昆陽*10の大手柄など少しも自慢する様子はなかった。更始帝はそれを見ると恥ずかしくなってしまい、劉秀を破虜大将軍*11・武信侯*12に任命した。
秋八月、もとの鍾武侯*13であった劉望*14という人物が、汝南*15を根城に独立し、定漢王*16と自称した。厳尤*17・陳茂*18らはいずれも劉望に身を寄せた。
王莽*19は太師*20王匡*21・国将*22褒章*23に洛陽*24を守らせて更始帝を阻止させた。一方、更始帝が西屏将軍*25申屠建*26・司直*27李松*28に武関*29を攻撃させ、定国上公*30王匡*31に洛陽を攻撃させると、三輔*32地方は大騒動となり、長安*33中の武装勢力が蜂起して、一斉に王莽に襲いかかった。
九月丙子、王莽は、東海*34の公賓就*35に首を斬られた。ちょうどそこへ申屠建・李松らも到着し、王莽の首や璽綬*36を宛城に送りとどけた。更始帝がそれを見て「王莽もこんな風にならなければ霍光*37くらいにはなれただろうにな」と言うと、韓夫人*38が「こんな風にならなければ陛下もここまでは来られなかったのですよ」と答えた。同月、王匡もまた洛陽を陥落させ、太師公*39王匡・国将褒章を捕縛して宛城へ護送し、斬首した。
冬十月、劉望が自立して天子を称し、厳尤を大司馬*40、陳茂を丞相*41とした。更始帝が劉信*42を派遣してこれを攻撃させると、劉望の兄の子の劉回*43が劉望を殺して、投降した。厳尤・陳茂は朗陵*44へ逃げこんだが、かつての部下に殺害された。
更始帝は北進して洛陽入りしようと思い、まず劉秀を司隷校尉*45に任じた。最初、三輔地方の役人たちが更始帝配下の諸将数十人を迎えにいったとき、諸将はみな頭巾*46をかぶり女性服を着ていたので、長安中の人々が大笑いした。知恵者のなかには辺境へ脱走する者もあった。ところが司隷校尉の一行が到着すると、冠も着物も伝統格式に則ったものであったから、長老や古株の役人たちはそれを見るや、「今日ふたたび漢王朝の制服を見られるとはなんたる幸せか!」と言い、一人残らず涙を流しつつ喜んだ。
*1:りゅうしょく。
*2:えんじょう。宛県。
*4:こうしてい。劉玄(りゅうげん)のこと。
*5:りゅうえん。字は伯升(はくしょう)。劉秀の兄。原文では「伯升」と呼び、実名を書かない。
*6:こうろくくん。官名。近衛大臣。
*7:りゅうし。
*8:だいしと。官名。民政担当の大大臣。
*9:ほじょう。県名。
*10:こんよう。県名。
*11:はりょだいしょうぐん。官名。破虜は「賊軍を打破する」の意。
*12:ぶしんこう。「武信」を称号とする諸侯。
*13:しょうぶこう。鍾武を領地とする諸侯。
*14:りゅうぼう。
*15:じょなん。郡名。
*16:ていかんおう。定漢は「漢王朝の国土を平定する」の意。
*17:げんゆう。王莽の将。劉秀に敗れて帰国できなかったため劉望に身を寄せたのである。
*18:ちんぼう。同上。
*20:たいし。官名。皇帝教育を担当する大大臣。
*21:おうきょう
*23:ほうしょう。
*24:らくよう。県名。
*25:せいへいしょうぐん。官名。西屏は「西方の盾になる」の意。
*26:しんとけん。
*27:しちょく。官名。大司徒に属す。
*28:りしょう。
*30:ていこくじょうこう。官名。名誉大大臣。
*31:王莽の大臣とは別人。二人の王匡が敵味方に分かれて同じ戦場で対峙したというのは面白い。
*33:ちょうあん。当時は「常安」(じょうあん)と呼ばれていた。王莽が都とした地。
*34:とうかい。郡名。
*35:こうひんしゅう。公賓が姓、就が名。原文では「公孫賓就」とあるが『後漢書』により改める。
*36:じじゅ。玉製の印とその紐。皇帝権力の象徴。
*38:かんふじん。韓が姓。「夫人」は配偶者としての地位を表す。
*39:たいしこう。太師と同じ。
*40:だいしば。官名。三公の一つ。軍事担当の大大臣。
*41:じょうしょう。官名。政治全般を総括する大大臣。
*42:りゅうしん。
*43:りゅうかい
*44:ろうりょう。県名。汝南郡に属す。
*45:しれいこうい。官名。長安・洛陽を含む首都圏の行政・監察を担当する。
*46:原文は「幘」(せき)。下級武官のかぶりもの。